rosk生誕25周年記念特別企画 幼少期編

若干タイトル負けしてますが、まあとりあえず、書いていこうと思います。
1983年11月に私は誕生しました。
京都府北部の病院で産声をあげ、3150gの男の姓をもらい受けました。昔、母から聞いた話によると、私が生まれる時とても大変なお産だったらしく、生死をさ迷うほどのお産でなかなかだったそうです。
私はこうして生きているのも家族あってのことだと感謝してます。【まあ直接いえませんが】
二歳まで母方の祖父に、母親が自営業のため仕事の傍らよく祖父に色んな場所へ散歩に行ったり、連れて行ってもらいました。近くの神社のある公園やSL機関車のある所の広場みたいになってるとこにも乳母車に乗せられて色々行きました。もう祖父は亡くなりましたが、いつも彼岸になるとワンカップの酒と私が愛煙しているタバコを手に少し離れた隣町まで墓参りに行ってます。【小中学生編でまた詳しく話したいと思います】

さて話は少し戻って三歳になると保育園に通うことになり小学生にあがる三年間ほど居ることになるんですが、
まあそそっかしいとゆうか落ち着きの無いクソがきだったと思います【笑】
よく物を無くしてました、特にハンカチとティッシュは幾度無くしたことか・・・【汗】
年長組になると、夏にお泊り保育とゆうのがあって、●津の海水浴へ行ったんですが、買ってもらったおにゅうの確かスヌーピーがプリントされた水着をどこかにやってしまい、小さいながらも母に怒られたき記憶があります【汗】
で、まあ落ち着きの無いちょと生意気ながきだったのでよく、女の子の気を引こうとスカートめくりなんかもしたり、その当時の担任の先生のケツを叩いてみたり・・・【笑】

その保育園であった内容は先生と親がやりとりするノートにばっちり書かれており、仕置きとして父親のげんこつもしくは、パンツ一丁で外に放り出されたり・・・【笑】
で、ある日年長組になったクソがきの私は、恋とゆうものを覚え初めます。
当時担任の先生が好きで、若干記憶があいまいになってますが、先生の誕生日やから何かあげたいと思ったのか、母親に選んでもらい、ブローチかなにかを上げたと思います。最近部屋を整理した時に、その連絡ノートが出てきて読んでいて思い出したのですが、【ロスク君が照れながら私にプレゼントをくれました。ありがとうございました。】とコメントが残されていました。今思うとおませなガキだなとつくづく思いますが、私が居た保育園の側をこの間通りました。改築したんでしょうか、建物が綺麗になってましたが、昔遊んだジャンボジェットのすべり台、木登り棒は当時のまま色あせず残っていました。懐かしさと当時の思い出が甦ります。

小中学生編へつづく・・・。

追記
生後間もない写真が見つからなかったので、四歳の頃の写真にしました。
その側で写っているのは、弟です。この方ももう今年21才になりました。